ブログ版 マイルスとの2時間 7
1時間近い「面接」によって、ちょっとだけ心を開いてくれたマイルスはいよいよ音楽の話をしてくれるようだ。どんな話が聞けるか、その詳細は本文を読んでいただくとして、INTRO予告だけしちゃうと「帝王」の口から飛び出したのはジャズ・ファンにとっては意外なPRINCE!最近のブログでのコメント交換で、chi-Bちゃんは「殿下命」、Horiさんは箱根アフロディーテだけじゃあなく知り合う前にPRINCEのコンサートにもいっていたことが判明。今回はどんぴしゃのタイミングで、マイルスの口からプリンス登場となる。さあ、あとは本文でのお楽しみ!!
マイルスの言葉のひとつひとつが、そして動作のひとつひとつが、まるで彼の音楽を聴いているかのように感じられてきた。ぼくらの会話は、質問に対する答えという形で進んで行くのではなく、ほとんどがマイルスの独白、一人喋りというスタイルで流れていった。彼はこちらが何を知りたいかを完全に分かっていて、時には無視し、時にはサービスをするかのようにインタビューの全体を絶妙にコントロールしている。そして話が重要な局面になると、ぼくの目をジッと見て“分かるか?”と同意を求めてくるのだ。これは、肩のピクリという小さな動きひとつで共演者をコントロールする、あのステージ上でのやり方と同じではないか!話を続けていると、まるで言葉という楽器で演奏をさせてもらってる気分になってくるのである。
おそらく、コルトレーンもハービー・ハンコックも、チック・コリアも、このマイルス・マジックによって能力以上のものを引き出されてきたのだろう。ならば、言葉でV演奏する機会を与えてもらったぼくも、マイルス・バンドの一員にならなければと思い始めたのだった。
「マイルス、新しいチャレンジのための曲はその3人だけですか?」
「いや、プリンスにも頼んだ」
とんでもないインフォメーションが、あっさりとマイルスの口から飛び出したのだ。
「ついこの間、オレはミネアポリスに行って、プリンスの家に泊まり、やつのオヤジも加わってディナーを楽しんできたんだ。スタジオがとても印象的だったな。古いMGMのスタジオみたいで、ビデオ、映画、録音と全部できるようになってるんだ。プリンスの存在っていうのは、チャーリー・チャプリンの存在と実によく似てるな。インタレスティングだよ。
その後すぐにプリンスは4曲のデモ・テープを送ってきたんだけど、そのうちの1曲のタイトルは“オールド・ナスティ”だ。“スケベジジイ”ってのはオレのことだぜ。ククク。もう1曲が“ギブ・ミー・チョコレート”だとよ。チャーリー・チャップリンだよ、ヤツは。
オレはメロディが繰り返される曲って好きなんだ。“ボレロ”みたいなやつがね。プリンスはそういう曲を書いてくれたんだ。プリンスの曲を聴きたいか?
ん、“YES”って言え!」
「YES! YES! YES! 」
プリンスの曲が鳴り始めた。
「どうだ?」
「キュートです」
「そう、キュートだ。キュートっていい表現だ。いいだろ?オレはこの曲にゴーゴー・ビートをかぶせるのさ」
と言いながら、リズムをとる。ぼくはすっかり楽しくなって、マイルスと一緒に足でリズムをとっていたら、“帝王”がヒジで突付いてきた。
「次の曲はレゲエなんだけど、ブリッジの部分のリズム・パターンを考えてるところなんだよ。お前、なんかいいアイデアないか?」
その瞬間、ぼくは最高の言葉を思いついた。“ある。だけど、金払ってくれるのかなあ”というものだ。だが、これを言ったら結構リスキーなやり取りになる。(だって、この表現はマイルスの専売特許なのだ)
「ぼくはミュージシャンじゃあなく、ジャーナリストだよ」
と逃げたら、マイルスは追い討ちをかけてきた。
「ちゃんとリズムとってるじゃあないか。なんかアイデアが出たら言えよ」
「それじゃあ、考える間“ギブ・ミー・チョコレート”を聴かせてください」
「よし、それじゃあかけてやろう」
「(インタビュー取材用)テープは止めますか?」
「いや、お前が聴くためだけだったらいい。だけど、他の日本人に聴かせたら殺すぞ」
「OK」
マイルスはテープをセットしながら低い声で、ぼくに話しかけてくる。
「お前、英語が話せるのにどうして通訳を使うんだ?オレの言うことがよくわかってるじゃあないか」
通訳のマーサに聞こえないように、ぼくの耳もとで言うのだ。なんと繊細な気遣い!
「あなたの声が昔みたいだったら、ぼくの耳じゃあ聞き取れない。だから彼女を頼んだんだけど、前に日本に来た時よりクリアーだから聞き取れるんだ。ずいぶん体調がいいみたいだね」
「ホントにそう思うのか? うれしいなあ。オレは毎日泳いでるし、タバコも酒も止めた。だから身体の調子がよくて、音楽に集中できるんだよ」
マイルスは“ギブ・ミー・チョコレート”を聴いているうちに、ぼくに対してリズムについて聞いたことなどすっかり忘れ、この曲のアレンジを考え出していた。
「うーん、このメロディはトランペットよりサックスのほうがいいなあ」
などと、ブツブツ呟いている。曲が終わった。
「どうだ、いいだろ。でもプリンスもいいけどジョンもいいぞ。ジョンの作る曲は最悪のものでも83点はいっている。オレの判断基準での83点だぞ。この厳しいマイルスの基準でな。たいしたもんだぜ。どうだ、ジョンの曲も聴きたいだろ」
といって、今度は「Say、YES!」なんて言わずに、勝手にテープを持ってくるのだ。
「どうだ、こういうインタビューは初めてだろ? お前がオレに音楽のことを聞きたいって言うから、こうなっちゃったんだ。オレに責任はないからな。
(もう既に約束の1時間はとっくに過ぎ、1時間半になろうとしている)ま、こういうサウンドが日本でやろうとしてることなのさ。どうだ、楽しみだろ!」
ぼくは時間のことが気になりだし、チラッと腕時計に目をやった。この動きをマイルスは見逃さない。
「時間なんか気にするんじゃない。それはオレが決めることだ!
しかし、お前は変わったジャーナリストだなあ。オレのやり方に付いてくるし、しかも楽しんでやがる。実はな、いまクインシー・トゥループという男と、オレの本を作ってる所なんだよ。もしよければ、このインタビュー・テープをコピーして送ってくれ。本のあるパートに使えるかもしれないからな。クインシーはジャーナリストのくせに、“ズーク”のテープなんか持ってきて、オレに聴けって言うんだ。お前もやつみたいに音楽のことわかってるみたいだから、テープを聴かせるんだ」
このマイルスの“音楽テスト”にはかなり緊張させられる。きちんと回答できないと、インタビューが終わりかねないからだ。ジョンのテープも聴き終えるや否や、
「左利きのギタリストのリズムっていうのは、パターンが聴き取り辛いんだ。昔、とんでもない左利きのギタリストがいたけど、知ってるか?」
とくるのだ。
「ジミ・ヘンドリックスのことかな?」
「ファック・ユー!なんでそんなこと知ってるんだ。じゃあ、ドラマーは?」
「んー、レニー・ホワイト」
「シット! ファック・ユー・ノウ・ザット!!」
緊張はするが、なんと楽しくゴージャスな時間なんだろう。さて、この後は音楽以外でも“帝王”にノックアウトされてしまうことになるのだが、それは最終回のお楽しみ!
この記事へのコメント
IKEGAMIさんの仕事の中でも究極の緊張と快楽を同時に味わってるって感じですネ。
恐れ入りましたデス。
快楽がなかったら単に拷問です。ぼくのために1時間以上待たされてインタビューした人は拷問だったそうです。いきなり「マイルス、あなたのジャズは・・・」とやったら帝王はまったく話さず。15分くらいで打ち切りで、日本人の通訳が泣き出したというのに、インタビュアーは原因が何故か気づかず。そんなもんですよ、業界は。
さて遂に帝王の口から天才プリンスの名が!
プリンスのコンサートは最高ですよ。ステージではバックのメンバーにも踊ることを強いるそうです。
もっと客にサービスしろよ! 楽しませなきゃあ!と。
先日のスーパーボウルのハーフタイムショー出演のプリンスを堪能出来たのは、ラッキーでした♪
ジミヘンがロンドンで死ななかったらマイルスとのアルバムができたろうし、マイルスがもう少し生きていたら、プリンスとのアルバムができたかもしれません。でも、彼らの音楽が好きな人の心の中には共演のサウンドが鳴ってることでしょう。そうです、想像力は世界をかえることさへできるのです。ぼくはその力だけは信じています。
こんな迫力のあるインタービューと素晴らしい文章を「タダ」のブログで拝見していてもいいもんでしょうか?
多くの文章を生業とされている方のブログは、本として成立する文章(お金になる文章)とはひとつステージが違うことが多いのに、池上さんのブログは、ロブションの手料理を毎日無料で食べているみたいです。有難や有難や(マジ)
ロブションの料理、確かに凄いけど、毎日食べたら嫌になっちゃいますよね。ぼくの長い文章のブログ、さぞかし読むのが大変だと思います。だから、更新が遅い。(って、言い訳してる)
30年以上仕事をしてりゃあ、まだまだネタは尽きません。有名・無名を問わず、クリエイティブな音楽を作ってる人と、その現場を紹介するつもりですので、懲りずにお付き合いください。
(ほとんどアホなおこちゃま状態)